Biography of TheBlueFilms OFFICIAL WEBSITE

TheBlueFilms


まだブルーフィルムがあった
あの時代。

必死にならねば
手に入れることが出来なかった

妖艶な世界。

だからこそ尊く、美しかった
私達の(性)と云う原点。

そんな女と男の尊い関係を
ブルースにのせて。


「女と男とブルースの三角関係」


それがThe Blue Filnsの
味、薫、感触、奏、ビジュアル。


The Blue Filmsに触れて

女は自分が女であることを
男は自分が男であることを

男やら女やら
其処に違和感を感じる者は素直に感じ

自分の性(性)と云うものを
どうぞ思い出して下さい。


原点に還り
感じて下さい。


誰かを感じるふりして


本当は


自分を。

活動履歴


2003年 京都で結成。11月に1stシングル「愛の音」をリリース。
京都の老舗「磔磔」を拠点にステージを繰り広げると同時に
様々な空間をジャックし、大人が五感で楽しめる一夜限りのナイトクラブに変貌させ、
古川真穂がママとなりお客様を持て成すという独自のナイトクラブイベント「クラブ黒猫」を定期的にオープン。
同タイトルのラジオ番組も平行してオンエア。

2005年 10月 1stアルバム「曲線」リリース

2006年 4月、以前からCD化を望む声が多数寄せられていた曲「天神川ワルツ」を2ndシングルとして会場限定リリース。
10月、「北新地VOGUE」のニューハーフクイーン里奈とのコラボレーション作品を1st DVDシングル「噂の女~the theme of RIna~」としてリリース。
11月 2ndアルバム「ドラマ~歌女之歌~」リリース

2007年「濱マイク」シリーズで有名な映画監督・林海象氏のネットシネマ「探偵事務所5」の京都編バージョンのサウンドトラックミュージックにThe Blue Filmsが大抜擢。翌年1月、DVDがリリース。

古川真穂

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古川真穂

1978年 大阪府豊中市生まれ。歌手。
その他、作詞家、女優、モデル、
ヒーラーとしても活躍する唯一無二のシャーマンエンターテイナー。

留学先の異国の地NZで無謀にも一人アカペラストリートライブを
する日々を送り、街中で話題になる。
帰国後、アルバイト先の大阪のCLUBにて行われていたGIZAレコード
主催のコンテストに飛び入りし優勝。これがデビューのきっかけとなり、
和製R & B ユニット4D-JAM(フォーディージャム)のボーカリスト
「ふるかわ魔法」として9 9 年メジャーデビュー。
シングル6枚、アルバム2枚をリリースし、デビューシングルより北は北海道、南は沖縄までチャートインを果たし、アルバム曲なども様々な番組のタイアップ曲に選ばれる。
ZEPP OSAKAや赤坂BLITZなど日本中のライブハウス、クラブを駆け回り、京都FMアルファステーションにてDJを務めるなどの活動の傍ら、倉木麻衣のファーストツアー爽健美茶Natural Breeze 2001 happy liveや「winter bell」、ZARDの船上ライブや「痛いくらい君があふれている」等、数多くのアーティストのツアーや作品にコーラスとして参加し、押尾コータロー、山崎まさよしなど数々の素晴らしいアーティスト達とも共演を果たす。
B'Z 松本孝弘ソロアルバム「華」にてメインボーカルを務めた「恋歌」では全米デビューも成し遂げている。
2002年、今までの全てを捨て、日本最大のゴスペルクワイヤーanointed mass choirに参加。
何のカタガキもない一人の人間としてただひたすら無欲に、心で唄うことに没頭する。
綾戸智絵、スターダストレビュー、岡本真夜などのステージに参加。
2003年、ギターの北森正樹と「The Blue Films」を結成。
幼少時からのコンプレックスであった「女」と云う性を受け止め、自分の原点に戻り「女と男と哀歌(ブルース)の三角関係」をテーマにシングル2枚、アルバム2枚、DVD1枚をリリース。
様々な空間をジャックし、大人が五感で楽しめる一夜限りのナイトクラブに変貌させ、自らがママとなり持て成すと云う独自のイベント「クラブ黒猫」も定期的に開催。同タイトルのラジオ番組(KBS京都)も大盛況の中、終了。
ニューハーフクイーンとのコラボレーションDVD「噂の女.the Theme of RINA.」は現在、品薄状態となっている。
元憂歌団の木村充輝のオープニングアクトを務めたり、京セラドーム大阪でのオリックス対ソフトバンク戦で応援演奏を行ったりと、その独特なスタイルに業界内にも中毒患者は多く、映画監督林海象「探偵事務所5」京都編「送り火 右・左(白黒編)」ではサウンドトラックを担当し2008年1月DVDがリリースされた。
2007年、ジャズシンガーとしても活躍の場を広げ、関西の大御所、大塚善章氏など一流のJazz musicianとステージを共にする傍ら、ベリーダンスやライブペインティング、日本舞踊のプリンス花柳ミチヒコタ、三味線の重森三果など様々なジャンルとジャズをコラボレーションさせた「Liquid Jazz」をスタートさせ、唄うだけではないストーリー仕立ての唯一無二のジャズが話題となる。
2008年からはポルトガルギターとマンドリンによるアコースティックデュオ「マリオネット」らと共にファドにも挑戦し、「今までにない新しいスタイルのファディスタ」として彼女独特の表現が注目される。
ポルトガルの匂いが残るマカオ観光局のイベントやノベルティCDなどにも参加。
同年、彼女が育んできた様々なジャンルの曲(Jazz,Blues,Fad,Latin,昭和歌謡,オリジナル等)を独自の切り口で演奏するピアノ坂下文野、パーカッション松田憲和とのトリオ「La Luz Del Puerto」を結成。
その経歴と歌唱力、独自のスタイルを評価され、ボイストレーナーとして専門学校や高等課程などでの指導も幅広く行い、2009年春からは京都造形芸術大学映画学科でも講師を勤めている。
また歌唱力同様、作家である父古川嘉一郎(たかじんnoばぁ、林家小染-なにわの急ぎ星-など)も認めるほどの彼女の類い稀な文才にもファンが多く、キッサコ「さいくりんぐぶるーす」等の歌詞提供の他、彼女のブログ「黒猫日記」も話題となり、歌手ではなく作家としての一面から彼女のファンになる女性が後を絶たない為、「父から受け継げるものは受け継ぎたい」と作家養成所、心斎橋大学の門を叩き、修了作品で最優秀賞を受賞し、2009年卒業。
上方文化人川柳の会「相合傘」会員、着物モデルとして日本和装のCMに出演するなど、古典芸能や上方芸能の世界でも活躍中。
その他、イオンCM、Familyマッサージチェアなどのナレーション、
京都きものギャラリー善、神戸SELFISH などのHPモデル、EPSONカラリオ「3D年賀状」、新日本製薬「ラフィネパーフェクトワン」インフォマーシャルなどに出演。
また、アクターズクリニックにてハリウッドのメソッド理論に基づく演技方法も学び、ぼんちおさむの娘、長瀬磨美との演劇ユニット「mahomi」としても舞台に立つ。
生まれ持ったシャーマン的能力と向き合い、2010年夏、ANNAPURUNAシャーマンスクールでの課程を修了し、現在はヒーラー、ボイスセラピストとしても活動をしている。
2011年からは「maho」としてソロプロジェクトも始動。更なる進化を遂げるべく、LAにてマイケルジャクソンやスティービーワンダーのトレーナー、セスリグス氏にSpeech Level Singingのメソッドを学ぶ。
年間100本以上ものステージをこなしてきた、どんなジャンルの曲も自分の色にしてしまう表現者、古川真帆。
子供が無邪気に遊ぶような、はたまた大人が禁断の非現実的世界で戯れるような、すさまじい集中力の両極をもつ「生」とともに彼女は語るように歌い、歌うように語る。
飾らず、自然に、ありのままに生きる古川真帆の生き様が今、同世代の女性のカリスマに、そしてその歌声が全ての人々の癒しになりつつある。

北森正樹

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北森正樹

1979年 京都生まれ。ギターリスト。
その他パーカッション、ベースなども演奏。
DTP、WEB制作、CD制作などレコード会社業務をすべてこなす。
CD制作に関してはアレンジ、DTM、ミックス、マスタリング
そしてデザインなども一貫して行い、プロデューサーとしても活動。
レコード会社「IROHA record」(イロハレコード)を立ち上げその核を担っている。

幼少の頃からクラッシックピアノを学んでいたが、高校のギターの授業で友人の演奏していた譜面もなく決まった音符のない「ブルース」というジャンルに衝撃を受けギターを始めると同時に無謀にもプロになると決意する。
高校卒業と同時にANミュージックスクールに入学しより高度な技術を習得するためJAZZを学ぶ。
優秀修了の後様々なセッションに参加。同志社大学のビックバンド「THE サードハードオーケストラ」のギターリストとしても活躍。その頃からわずか3〜4年にしてギターを教え始めプロとしての活動を歩み出す。
2002年、元ピチカートファイブの野宮マキと水森亜土のセッションライブにギターリストとして参加。
2003年、ボーカリスト古川真穂と「The Blue Films」を結成。
自分の原点にある「ブルース」というジャンルに向き合い、初めてのユニット活動を行なう。
同時期、男性ボーカルユニット「キッサコ」の立ち上げにギターサポートとして参加。
数々の音楽学校のギター講師、音楽理論講師をする傍ら若手のユニットのプロデュースにも力を入れTV出演などのマネージメント業務なども行う。
レコード会社を立ち上げるため2008年上京。TheBlueFilmsの関西での活動も続け関西、関東往復の日々をおくる。
キッサコが上京しメジャー活動を始めた際一旦サポートを離れていたが再会し今度はギターにCajonと様々な楽器で演奏を幅広くサポートする。
2009年、メンバーの病気療養•脱退を理由に一旦活動を休止していたキッサコの薬師寺寛邦、麻生優作に加え若手実力ボーカリスト山元サトシを加え新たに「新生キッサコ」として活動再開のサポートをし、全面的にプロデュース活動を行なう。
4人でレコード会社「IROHA records」を立ち上げ僅か1年半でシングル5枚アルバム1枚をリリース。
その頃からCD制作業務の全般を行なうようになる。
キッサコリーダー薬師寺の仏門修行によりキッサコは2010年で活動を休止、休止前のラストコンサートは京都コンサートホールムラタで行い、イベンターなどなしに450人もの動員を記録。
現在はミュージカル音楽のサポートなども行いさらなる音楽性に磨きをかけ関東を拠点に全国各地で活躍している。